みなさん『生きてるだけで、愛。』という映画は、もうご覧になりましたか??
『愛なんていらねえよ、夏』(2002年、TBS)を思わせる、深みのあるタイトル!一目見るだけで興味を惹かれますよね!!
元号が平成から令和に変わり、カレンダー的な意味での「時代」は変わりました。しかし相変わらず生きるのに大変な時代であることに変わりはありません。
‥「いや、真面目か!クローズアップ現代か!」というヤジが飛んできそうな感じて始めてしまいましたが、今日はまさに現代の恋愛、現代の人間関係をクローズアップしているこの傑作映画を紹介したいと思います!
このページで分かること
『生きてるだけで、愛。』あらすじ
無職で鬱で過眠症の寧子は、一日の大半を布団の中ですごす毎日。同棲している恋人の津奈木に対して、理不尽な八つ当たりを繰り返す寧子。温厚で事なかれ主義の津奈木は、それをすべて軽く受け流す。
二人が暮らす部屋は寧子のキャパシティに共鳴するかのように、しょっちゅうブレーカーが落ちて停電になる。このままではダメだとバイトの面接を受けようとするが、思うようには行かず、自己嫌悪に陥る寧子。
そんなある日、寧子の前に津奈木の元恋人・安藤が現れる。
果たして寧子と津奈木の行く末は?そして寧子は「普通の生活」に戻れるのか……??
『生きているだけで、愛。」原作について
原作は本谷有希子さんによる2006年刊行の同名小説で、芥川賞候補作にもなっています。
2016年に『異類婚姻譚』で芥川賞を受賞した本谷さんの、比較的初期の作品という位置づけになりますが、小説同様、世の中の「今」がしっかりと反映されています。
キャストについて
大胆ヌードの演技派ニューヒロインは超サラブレッド!?
(出典:https://twitter.com/shuri_0921)
主人公の寧子(やすこ)を演じるのは趣里(しゅり)さん。東京都出身、1990年生まれの28歳。
小柄で華奢な体に卵型の小顔が乗っかったキュートな若手女優さんです。最近ドラマなどでよく見かけるようになりましたよね。
作中ではフルヌードも披露していますが、本作での演技が評価されて、第42回日本アカデミー賞・新人俳優賞を受賞されています。
また、第33回高崎映画祭・最優秀主演女優賞をはじめ複数の映画祭で女優賞を受賞しており、本作をきっかけにして、名実ともに「演技派女優」の仲間入りを果たしています。
そんな趣里さん、実は水谷豊さん・伊藤蘭さんご夫妻の娘さんなんですよね。
超サラブレッド!!
ということは、趣里さんのこれまでの人生って順風満帆で、人生八方塞がりのヒロイン・寧子とは間逆なのでは……
と、やっかみ込みでつい思ってしまいますが、実は趣里さん、イギリス留学するほど打ち込んでいたバレエをケガで諦めるという挫折経験があり、むしろ寧子みたいな役を求めていたのだそうです。寧子になりきった鬼気迫る演技を見ると、それも納得です。
今度の菅田将暉は「アゲ菅田」?「サゲ菅田」?
寧子の恋人・津奈木を演じるのは菅田将暉さん。言わずとしれた、若手俳優界のエース的存在ですね。どんな役でも完璧にこなし、もはや「菅田無双」状態とも言えます。
菅田将暉さんの演じるキャラクターは、前髪を上げた強気の「アゲ菅田」と、髪を下ろした少し影のある「サゲ菅田」に分けられるのですが、本作の菅田将暉さんは「サゲ菅田」ですね。
主に寧子目線で進んで行く原作よりも、映画のほうが少しだけ津奈木のキャラクターが掘り下げられているので、菅田さんの見せ場もその分増えていますよ~!
演技派俳優たちが作り上げる濃密な空間!
このほか、津奈木の元カノ・安藤役の仲里依紗さん、バイト先のマスター役の田中哲司さん、その奥さん役の西田尚美さんら、演技派の俳優が顔を揃えます。
映画の後半で登場人物たちが一つのテーブルを囲む食事の場面は濃密な舞台劇を見ているような感覚にもなるし、見方によってはホラー映画のようにも見えてきます。スゴい!!
「濡れ場より体当たり」!?ヌードシーンに注目
そのヌードは突然、目の前に現れます。とある疾走感あふれる場面のあと、全裸の寧子がビルの屋上で佇んでいる場面に唐突に切り替わるんです。
ほどなく津奈木がやってきて「なんで全裸になってるの? バイト決まったんじゃなかったの?」と問いかけるのですが、寧子は「バイト決まったから全裸になってるんだよ!」と答えます。
なんだか志村けんの「変なおじさん」のコントのようなやりとりですが、この言葉は寧子の心の叫びです。
ロボットに正しい値を入力すれば正しい結果が導き出されるのでしょうが、寧子に「ちゃんと働け」という「正論」を入力したら、「外で全裸になる」という結果になったわけです。ロボットのようには行かないわけです。人間だから!!
常識こそが正しくて正論こそが正義であるのは、そのほうが都合が良く、生きていく上で楽である人が大多数だからでしょう。そういう「正しさ」が、寧子を生きづらくしているわけです。
このヌードは、趣里さんの20代の美しい身体でありながらも、まるで老女優が老いた体を晒すような痛々しさをまとっています。ある意味で濡れ場よりも「体当たり」なヌードシーンだと言えるかもしれません。
「天才監督」の長編デビュー作!
監督はCMやミュージックビデオなどで活躍する気鋭の映像ディレクター関根光才監督。
1976年生まれの関根監督にとって本作が初めての長編劇場映画なのだそうです。コメディ色強めの原作を、疾走感あふれる人間ドラマに仕上げています。
関根監督の「カンヌ国際広告祭ヤング・ディレクターズアワード・グランプリ」という受賞歴を見ても、いずれハリウッドや三大映画祭で賞を獲る日が来るのではないか・・と期待してしまう存在です。
いま初めて監督の名前を知ったという方は、ぜひともこの名前、覚えておきましょう!!
「なんだか生きづらい・・」と感じている人に観て欲しい映画(作品感想)
作中、バイトの面接を寝飛ばしてしまうシーンがあります。私は「あ〜、あるある」と思いながら見ていたのですが、すっぽかされたコンビニの店長が留守電越しに「こんな人は初めてです」と寧子をなじります。
「ドキッ!」としました。「え、バイトの面接をすっぽかすのってそんなレアなことなの?」「やべえ、俺、寧子じゃん」と。
でもまあ寧子なんかはバイトの面接、よっぽど躁状態の時じゃなければすべてすっぽかしてると思うんですよね。コンビニ店長とは、もはや「やってる競技が違う」からです。
どちらが正しい、ホンモノの「生き方」なのかというと、当然コンビニ店長のほうがホンモノで、寧子や私は「ニセモノ」の人生を生きているのかも知れません。ニセモノ=変わり者ということです。
時代が時代なら「妖怪」認定されて村から追い出されていたり、「魔女」扱いされて火あぶりの刑にされていた類の人間なのかも知れません。
そんなわけで、作中で「ニセモノ」だと気づかれることを恐れる寧子に、個人的には非常に共感できたわけです。
本作はぶっちゃけ、万人にオススメできる作品ではありません。何百人か、何千人に一人の、生きづらさを抱えている「寧子」たちに、ぜひ見てもらいたい映画です。
デヴィッド・リンチ監督の『エレファントマン』の主人公・ジョンは、文字通り象のように歪んだ顔を持って生まれました。そのことが理由で悪いヤツに拾われて見世物にされていたのを、善良な医師が助けて「普通の暮らし」を手に入れます。
セレブが訪ねてきて、紅茶を飲みながら演劇について語るジョンの姿を見て、私はいたたまれなくなりました。「調子乗ってる! 絶対、痛い目にあう!」と。
案の定、その次の場面で酔っぱらいに絡まれてひどいことを言われ、しまいには「鏡で自分の顔を見せられる」という仕打ちを受けます。
ジョンは「ニセモノ」である事実を叩きつけられたのです。
私は有頂天になりそうなことがあった時は『エレファントマン』のこの場面を見直して、調子に乗らぬよう心がけてきました。そんな人生でした(※どんな人生だ)。
『生きてるだけで、愛。』は令和時代の『エレファントマン』です。すでに7回見ましたが、これからも何度も見ることになると思います。
『生きてるだけで、愛。』の結末(ネタバレ)
※以下、作品に関するネタバレが含まれます。ご注意ください!!
家に押しかけてきた津奈木の元恋人・安藤は寧子を強引に引っ張り出し、顔見知りの夫妻が経営するイタリアンカフェバーに連れて行く。話は「津奈木と別れてほしい」という内容だった。
無職なので今すぐは別れられないとゴネる寧子に対し、安藤は一歩も退かない。その場でマスター夫妻に声をかけ、店で寧子を雇うよう頼み込む。人の良いマスター夫妻はそれを快諾。寧子の性格や鬱についても理解を示してくれる。次第に寧子もまんざらではない気持ちになり、翌日からその店で働くことに決まる。
グラスは割る、客に飲み物はこぼす、寝坊はする……不器用すぎる寧子を笑顔で励ます夫妻や従業員。寧子は「居場所」を見つけたような幸福に浸り始める。
しかし、ほんの些細なこと・・「ウォシュレットが怖い」という寧子の中のあるあるネタが全く通用しなかったことをきっかけに、寧子は「やはりこの人たちと私は全く違う人間なのだ」と思い込んでしまう。
店のトイレに閉じこもり、津奈木に電話で助けを求める寧子。心配したオーナー夫妻がトイレのドアをノックする。まるで糾弾してくるかのようなその響きに怯える寧子。
とうとう自分を抑えきれなくなった寧子は立ち上がってウォシュレットの便器を破壊し、遁走する。着ていた服を一枚ずつ脱ぎ捨てながら、夜の街を走り抜ける。
自宅近くで寧子を見つけた津奈木が、服を拾いながら追いかける。
ようやく追いついたのはマンションの屋上で、寧子は寒空の下、全裸になって佇んでいる。
せきを切ったように心中を吐露する寧子。自分への絶望、将来の不安、津奈木の自分に対する態度への不満。
「あんたが別れたかったら別れてもいいけど、あたしはさ、あたしとは別れられないんだよ、一生」そう言って涙を流す寧子を、津奈木が抱きしめる。
実は津奈木はその日会社で揉め事を起こしクビになっていた。「パソコンを窓から捨てた」と聞いて、「あたしみたいなことしてる」と笑う寧子。
二人の間に、ゆっくりと、おそらく最後になるであろう、親密な時間が流れてゆく。
『生きてるだけで、愛。』を考察してみた(ネタバレあり)
※引き続き、作品(映画および原作)に関するネタバレが含まれます!ご注意ください!!
原作の表紙は、なぜ浮世絵なのか?
(出典:https://www.excite.co.jp/news/article/Karapaia_52184808/)
原作の表紙は葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」がモチーフになっています。これは、映画には出て来ない、ある原作のエピソードに由来しています。
五千分の一秒のシャッタースピードで撮った波が、北斎が描いた波とそっくりだという情報をテレビで見て知った寧子は、北斎と富士山の関係に思いを巡らせます。
北斎ほど富士山を愛した人は他にいないはずで、それに富士山が応えてとっておきの「ザッパーン」の瞬間を北斎にわざと見せた。あまりにも強烈な光景を目の当たりにした北斎は覚醒して、肉眼で見えるはずのない五千分の一秒の光景を脳裏に焼き付けたのだ……というのが寧子の説。
映画のラストで「お前のこともっと分かりたかった」と言う津奈木の最後のぬくもりを背中に感じながら、寧子のモノローグが入ります。
「多分あたしたちが本当に分かり合えたのなんてほんの一瞬くらい。でも、そのほんの一瞬で、あたしは生きている」
原作の北斎のエピソードを踏まえると、このラストのモノローグに込められている意味が、深みを増して来ますね。
『生きてるだけで、愛。』サウンドトラック
《収録曲》
-
- ねがい
- にぶい
- めまい
- せかい
- あわい
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主なキャスト
寧子……趣里
津奈木…菅田将暉
村田……田中哲司
真紀……西田尚美
磯山……松重豊
美里……石橋静河
莉奈……織田梨沙
安堂……仲里依紗